気楽に暮らしたい。

2017年3月中旬から人生のボーナスステージと称して1年間のんびり過ごすことにしました。生き辛いの断捨離後、幸せを探していきます。

自分を粗末にしない暮らしへ

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休日に暮らしのほころびを整理して、昼寝をする。働いているからこそ、こんな休日も楽しい。

 

1週間分の洗濯、きれた電球の代わりにつけた蛍光灯が嫌だったから白熱灯カラーの電球に付け替える、美容院に行く、ゴミをまとめるついでに断捨離するものを探す、ティッシュとか足りない日用品を買い出す。

 

特に美容院と、電球の件は気になっていたから、本当にスッキリ!ついでに電球の傘に積もっていた埃もふいてさらにスッキリ!

 

片付けながら、幸せに暮らしている友達のおうちに遊びに行って喋った事を色々思い出した。

 

友人+旦那さん+子供たちとか、周りにいる人も最近変わってきました。

 

これまでいまいち幸せではなかった私と、不幸な方へつい駒を進めてしまう友人と、普通の幸せを手にした友人達について。

 

いまいち幸せになれない組と、幸せになれた組といったところです。それで指摘されたのは、幸せになれない組には謎のストイックさがあり、ストイックさゆえに自分を大事にできてない…みたいなこと。

 

本人たちも言っていたけど、部屋は幸せ組の方がものが多くて散らかってたりします。お買い物もよくしているのも見かけるので、ものも増えていくし、お金がたまらないとは言っていたけど、家族や旦那さんが助けてくれるような環境。コミュニティから仕事、食べ物、物件、新たな人、色々入ってくる感じ。自分達からも色々と差し出している。

 

彼女たちは自分の為にも人のためにもお金を使ったり、時間を使ったり。でも、この人はNGとか、これはNGとかがちゃんとある。人と繋がりながらもNGの使い方が上手い、幸せのアンテナがはたらいたら、攻める。見極めが本当に上手いなあ〜。

 

いまいち幸せになれない私たちは、我慢は得意です。悲しい。頑張ったり、我慢しても幸せにはなれないという。忍耐は立派なようで、岩のように行動せずに済む厄介なものでもあります。我慢するという選択をすれば、考えなくて良い、行動しなくても良い。

 

あと、人に頼るのが下手。

 

これらは思考のくせだったり、家庭環境とかにもよるよねえ…みたいな話になり。今の部屋はスッキリした家でまあまあだけど、隠居生活で貧乏暮らしになり、人に優しい家かというとそうではないような。

 

遊びに来てくれた人への居心地でいくつか気になる点がありました。

 

自分と同じようなタイプの人かもなーという人が周りに出て来た事もあり、だからといってものを急に買いまくることはないけど、自分+遊びに来てくれた人に優しい家にしよう。そうしよう。

 

部屋の居心地をもっとよくしたい。何人か家に来るならカーペットがあった方がいいかも。コットンのカーペットなら一年中しいておけるし、洗える。

 

そういえばタオルが使用感が出て来たし、数も少ない。急に人が来ても、部屋着くらい、貸してあげたいけど今はギリギリでまわしているからな〜。

 

色々と、暮らしに余白がもうすこし必要だなと感じます。

 

せっかく働いているのだから、疲れを感じたらマッサージに行ったり、美味しい近所のパン屋さんでパンを買うとか、食べるものの質をちょっとあげたり、美容院はもう少しまめに行くとか、安さで選ばないとか…。

 

暮らしをぎゅっと圧縮したお陰で、変な会社を辞めて、旅をし、学校に行き、ドツボにはまっていた生活から足を洗うことができました。

 

次は、自分を粗末にしない暮らしへ、手の届くところから変えていけたら。

 

 

 

 

 

 

良い暮らしって

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就職して1ヶ月。

 

へこんだり、気疲れする事もあるけど、お金の心配をしなくて良くなった事で、気持ちにゆとりが生まれた。

 

毎月、きまった額が定期的にもらえる安心感はすごい。仕事のプレッシャーはあるけど、気持ちが落ち着いた。

 

よれたTシャツを躊躇なく捨てて、無印良品で新しいTシャツがかえる。疲れたらカフェにでも入ろうか、めんどくさいから今日は外食しちゃえ、たまにはマッサージでも行くか。友達へのプレゼントも買える。こんな事がまたできるようになった。

 

そして「正しく働けば」働く事って、お金のためだけじゃなくて、自尊心を保つものでもあるよねえ、と。専業主婦の友人、育児休暇中の男性、脱隠居した私…でそんな話もしました。

 

「働く事」も人生のただの道具の一つで、捨てたり、ドンドン新調してみれば良かったのに。

 

長く働きたいと思っているけど、今度は「いつ辞めたって良いんだからね」の気持ちを持っておきたい。働かないって選択肢は自分にとってハッピーではない事が分かったから、その時に手が届く範囲で無理のない幸せな選択肢を選べばいいや。

 

かなり暮らしを小さくしていたので、今後は多少のゆとりが生まれそうです。海外でドミトリーを転々としていた時のように、暮らしを小さくしていく事は楽しかったけど、もう少し余白のある生活にシフトしていっても良いかなと。

 

それで、もうちょっとだけ良い暮らしって何だろうとか考えていた。

 

良いものが欲しいとか、プチセレブ気分とかでもなく、「1人の暮らし」では無くすことかなあなんて事がチラついてきた。

 

そりゃあ、脱隠居に続いて、脱独り身できれば良いけど、まずは「1人の世界」からちょっとずつ足を洗っていこかなー。

 

切り詰めた1人の世界からちょっと脱出して、誰かが入ってくる余白のある暮らしに変えていこうかなー。

 

誰かが泊まりにこれる位のスペースとものがある、周りの人と遊ぶ余白、周りの人のお祝いをしたり…。なんかそんなイメージ。

 

引っ越しも良いかもしれない。移住ではなくて、今日の暮らしの延長線で。

 

好きなカフェや、行きつけの銭湯や整骨院があるこの町から数駅先くらいの場所で、窓から緑が見えて、安らげる部屋。気持ちの良い風が入ってくる事、人を招き入れたくなるような家。

 

物も多少は買うけれど、出会ったベースで良いかな。引っ越しについてはなんとなく、アンテナだけ貼っておこうか。あとは、先立つものがないと引っ越せないから貯金も。

 

隠居前に思い描いた良い暮らしは、会社を辞め、都会から離れて田舎に移住し、会社勤めをしないで暮らす事だった。

 

でも、「嫌なものを全部辞めて、好きなことをする」そんな事を繰り返していたら、楽しく、大切な人が周りにたくさん出来て、その人達と離れて暮らすのは、今の私にとっては全然良い暮らしではない。

 

とはいえ、移住願望もなきにしもあらず。しばらくは旅行で通って、自然なタイミングがあればまたその時に考えれば良いか。

 

好きな場所の周りをうろちょろしておけ作戦。

 

部屋を片付けるブログだったはずなのに、いつのまにか人生整理になってしまった。その時の自分にとっては必要な事だったけど、なかなかの無鉄砲さ。これからは、無理せず、あまり変化のない穏やかで、本人とその周りの人以外の人には全然面白くもないような、そんな暮らしになると良いなと思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

独り身メモ。

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山盛り頂いた野菜でスープを作って、溜まった洗濯物を一気にほして、床にクイックルワイパーをかけて。

 

床に散らかっているものを整理しなくては…ならないのだけど、暑くてばてて、寝転がってスマホ。眠い…お昼寝してしまおうか。家に1人で孤独といえば孤独だけど、クーラー涼しいし、幸せ…。

 

労働の後のダラダラは最高。

 

新しい環境の中で気を張って毎日くたくた。ノリで行く事になった旅行も良かった。働きはじめでお金もないけど、そんなに悪くない日々。けど、ちょっと疲れた。今日は数週間分の疲れと、部屋の滞りを解消しようか。

 

たたむ気力がなくて放置された洗濯物の山、整理されていない冷蔵庫、ゴミ箱のゴミもそろそろ溢れそう。片付けます、今日は。

 

転職活動も終わり、基本的には日常をなんとなく続けていければ良いかなと思っていて、残す大きな課題は、結婚とかそっち系。でも、それはおまけ位で良いのかもしれない。

 

体は日に日に歳をとって行くし、1日でも早くせめて恋人でもできてくれれば…と思っていたけど悩みって追いかけっこなんだなって思ったり。

 

新しい出会いや過去に出会った人との交流も復活して、結婚して子供がいる人、結婚したけど離婚したい人、離婚した人、シングルマザーになった人と色んな人の話が聞けた。

 

自分のコミュニティとかけ離れた、「独身の女友達」の私にはなかなかの本音を語ってくれたり。特に男性陣の話は、うわあ…ってなるようなリアルな事も。

 

離婚した、離婚したいと言ってる人に多かった、今のパートナーと結婚した理由が「○歳だから結婚しなきゃいけないと思ったから」という人が男女共に結構多かった。

 

同じ理由で結婚していてもそうならない人もいた。結婚を竹のように割り切り、母として、夫婦として暮らしを紡いでいる人もいる。家族として、暮らしとしてなんともいえない安定感があって、旦那さんも優しい人で子供達も本当にかわいくて、20代の女の子だった友人は、10年経って、奥さん、お母さんの顔をしていた。

 

順調な人もいるけど、悩みは追いかけっこ、結婚した人は、離婚したがってたり、子供の問題で悩みが出てきたり、家族が増えた分付き合いも増えて新しい悩みが出てきたりとか。

 

今は「失敗しても良いか」位に思っているけど、「○○歳だから早く結婚しなきゃ」みたいな気持ちは横に置いておく事にした。

 

持っていない事の価値と、持っている事の価値は同じくらいの価値があるのかもしれない。もったいなければ悩みも起こらない。それを良しとするかしないかは、人それぞれな気がする。今は、傷をおっても1人じゃない方が嬉しいかも…と思う。

 

20代の若き日に、20代のうちに結婚しなきゃ!という集団ヒステリー的な空気はあった気がします。体のことを考えるとそれは間違いでは決してないけど、もっと柔軟に考えても良かったかなとも思います。

 

30代になり、色んな経験をした友人たちの話は、時に説法を聞いているような気持ちになる時があります。

 

こないだ離婚した後、フリーランスの仕事も始めたシングルマザーの友人と色々喋っていたら、まあ、彼氏や旦那さんは仕事や人生のおまけみたいな感じだからね。そのうち勝手にできると思うからあなたは今は暮らしのベースを作ればいいと思うよ。私は何歳でも再婚はできると思ってる。

 

でもね

 

「行き先が違う人とは物理的に一緒にいられなくなるから、行き先が同じ人がどうかはチェックしたほうが良いかもね。好きだけでは、物理的に一緒に居られなくなる時がくるよ」と言われて、たしかにと。

 

例えば「港区のタワーマンションに住んで都会で働き、最新の家電を購入して良い車に乗る生活がしたい人」と、「地元の宮崎で古い平屋を直しながら住んで農業でもしたい人」では物理的に一緒に暮らせなくなります。

 

お互いにすごく好きで、付き合うくらいからよいかもしれませんが、高いタワマンの家賃や家電を購入する費用を稼ぐために共働きを要求され、自分の稼いだお金が投入されていく…のは、私にとっては耐えられない暮らし。

 

逆に都会で働いて港区のタワマンに住みたい人が、地方の平屋に住まわせられるのは苦痛。

 

20代の頃は自分に足りないものを、足りなくなりそうなもの埋めてくれるような人を探していた気がします。

 

自分には経済力がないと思っていたから、正社員で長く働いていきそうなこの人なら安心かな?とか、一緒にいるのは楽しいけど仕事が安定してないからこの人はちょっと不安かなぁとか。

 

自分の行き先ははっきりとは分からないけど、心のどこかに移住願望はあるのかもしれない。

 

先日旅行をした際に、東京から地方に家族で移住をした人の話を何組か聞く機会があり、お金はギリギリだけど、時間と心の余裕があるよ。東京はお金がないと生活できないまちだけど、東京とは感覚がちょっと違うよという話が印象的でした。

 

家族や夫婦で移住した人たちがすごく羨ましかったのですが、移住そのものよりも、同じような価値観を持っている、「あの雰囲気」が羨ましかったのかもしれない。

 

20代の自分では(勇気がなくて)選べなかったタイプの人や、20代の女の子が結婚相手として選ばなかった人、20代は仕事に必死で結婚どころではなかったような人…と一緒にいることになるのかなあなんて気もしています。

 

おもしろい。どうなるだろうか。このまま独り身だったとしてもおもしろいけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

完璧な幸せでなくても。

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仕事を始めてあっという間に2週間たった。

 

体が慣れなかったり、緊張したり、早く仕事覚えたいみたいな焦りもあったりしますが、比較的ホワイトな環境で働けていると思います。

 

「大事にされる事に慣れない」という悲しさを感じますが、仕事で徐々に返せたら良いなあって。大切にしてもらうと、相手にも貢献したくなる。良い連鎖です。会社にも、先輩にもありがとう、早く力になりたいなんて気持ちが芽生えてきます。こんな事を自分が会社に思える日が来るなんて…!びっくり。

 

でも、完璧に幸せな状況かというとそうでもなく、うまくやっていけるかなって不安になる人もいるし、文句を言ってる人もいたり…。今度はあの人は正社員なのになんて言われることもあるかもしれません。「捨てた過去の自分のような人」がいたり。

 

お休みは取りやすいとは言い難いし、目指していた職業とも違う。入りたくて入りたくてしょうがなかったあの会社には入れなかったし、パートナーもいないし、体はどんどん歳をとっていく。

 

でも、毎朝、「半分青い」を見て、パンを食べて、会社に行って、おはようが言える人がいて、パソコンをつけて、仕事があって、質問をすれば答えてもらえる。明るいうちに会社をでて、星野源を聴きながら電車で帰って、お風呂に入って、寝る。

 

毎日もしくは数日おきには誰かしらからラインが来ていて、次何する?どこにいく?とか、こんな事があってね、みたいなたわいも無いやり取りをしたり。

 

もう辞めちゃおうかなって思ってた事も、気がつけば2年も続けていて、いつのまにか顔見知りになって、疲れたとか悩みをききあったり。

 

こんな日々が幸せだなーと思います。欠けているものはいっぱいあるけど。思い描いた分かりやすい幸せな環境は自分に用意してあげられなかったけど、かつて、「こんな人でありたかった自分」には近づけたかなーとは思います。

 

負けず嫌い的なもので夢や分かりやすい幸せの勲章みたいなものを手に入れて誰かをギャフンと言わせたりしなくても良い。

 

負けても良いし、そもそも競わなくて良い。

誰かの幸せストーリーは誰かのものであって自分の物語ではない。親切心から恐怖の物語を押し付けてくる人は、右から左へ。

 

手の届くところで、楽しみを見つけながら、大きく暮らしを変えようとしないで、そんなに悪くない日々を繰り返していけたら良いかなって思います。

 

居心地がよければ、それで良いかなって。

完璧な幸せでなくても、他人の幸せストーリーと違っても、自分の幸せストーリーと違っても。

隠居はもう良いかなあ…。

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転職活動も終わり、お金もないので家で引きこもる日々。一次的に隠居生活に戻ってしまいました。

 

ちょこちょこ人にあっていたり、家に人が来てくれたりするものの、隠居について感じた事を働いた後の自分のためにメモしておく。

 

働くことが辛かった時は誰かに養ってもらって、家で一日中過ごせる人達の事が羨ましくてしょうがなかったけど、いざ隠居してみると、「…。あれ、なんかこれはこれでやばいかもしれない。」そんな事を感じました。

 

10日位は良かったけど、なんというか、隠居は、メンタル的にあまりよろしくないかもしれない。週1でも良いから働いてた方が良いかも…。

 

行動を起こすのがおっくうで、働いていた時の方が体が動く。なんか、心身ともに弱くなっていってる気が…。新しい場所に行くとか昔ならるんるんだったじゃないか!今は毎日入社ブルー!!

 

社会の中で役割があり、お金をもらうという事は、気持ちも体も健康的でいられる(ブラック労働は除く)

 

専業主婦がとにかく憧れだったけど、この先奇跡的に結婚できたとしても、何かしら「働きたい」とにかく、働きたくないでござるの人だったけど、働いているほうが良いかもしれない。

 

とにかく、なんか体がだるくって、気がついたら夕方になっていて、自分1人の場合はなんだか虚しく、家族がいるのであれば、このだるんだるんの状態から夕食作るのかと思うと…。仕事が忙しくてさーとは愚痴れるけど、隠居してて、だらだらした後に夕飯作るのがしんどくてねとは人に言いにくい。

 

でも、かったるさでいうと、体感的にトントンなような…。

 

この状態で旦那さんと子供がいて、食べさせてもらっていて、働いている人たちからは良いなあ、家にいられてみたいな眼差しで見られて、自分でも恵まれているとは思いつつも、「…。」が溜まっていくような…。

 

専業主婦が長かった友人とも話して、分かる、挙句に身内に怒りの矛先が向かったりもするし、あれ、メンタルに良くないよね…と。

 

しかも、そこから、「再び働く」に移行するときのエネルギーは中々のもので、どんな生き方になっても、何かしら働くほうに傾けていきたい。隠居前&20代の自分では絶対にこんな考えにはならなかったと思う。

 

「無の時間は使い方を間違えると凶器になる」なんか、そんな事を感じました。

 

働くというより、「社会に触れて役割がある」という事が必要なのかなと。あったかい居場所の中で、役割があって誰かと笑って過ごせるようなイメージ。

 

で、隠居前の自分にオススメしたいのはこんな過ごし方か…。

 

①学校に行く

ホワイト企業で派遣

③やりたかった仕事をバイトでもなんでも良いからやってみる

 

好きな事をやっている仲間にあえるとか、集団の中で愛に触れられるとか、なんかそんな過ごし方ができるほうが、隠居するより幸せかも。

 

 ②は精神的なリハビリもかねて。旅や語学留学もよいけど、精神的に孤独になる場合もあるから、ワクワクできそうならば…といったところ。結果的に学校で本当に学びたかった事を学び直して事でよい仲間に会えて良い方向に行きましたが、隠居はせいぜい1ヶ月くらいが良いかなあと思いました。

 

 

幸せ耐性の無さ

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社会に出て気がつくと10年以上が経った。

 

ストレス耐性を身につけた代わりに、幸せ耐性を私は失ってしまった気がする。

 

やっと転職先も見つかり、あとは入社を待つだけ…。申し分ない条件、社風も良さそう、おろもしろそうな事をやってる会社、無理ない範囲でやりがいもありそうな仕事。よい転職になったと思います。

 

やっと人並みの暮らしができる。まだ実感がなくて、ぼーっとしてしまう。

 

社会人として最低限いるかな…という文具や服をチェックしたり。エクセルの関数を復習しておこう、とか。副業の事をやったり、時々友人と会ったり。

 

毎日のんびり過ごして、お金はないけど恵まれていると思います。ですが、なかなかの憂鬱さ…。マリッジブルー的なあれです。きっと。もー、怖い怖い。あー、緊張する。単に転校生ブルーみたいな感じと、マリッジブルー、どっちだろう。

 

十代の頃に見た、「下妻物語」という映画のセリフを時々思い出します。うろ覚えだけど、不幸でいるよりも、幸せになることの方が怖い。幸せを受け入れる怖さより、不幸でい続けることの方が楽だ…みたいな。

 

なんかそんなセリフだった気がします。自分がなんとか考えていた事を言葉として聞いて、ものすごい衝撃的で、映画は大好きで何度か見たけど、怖くてそのシーンを見るのが怖かったのを思い出した。

 

「幸せ耐性の無さ」なんか、自分にそんな事を感じています。「幸せになる怖さ」「嫌な人といる苦痛」本質的には全然違うはずなのに、両方ともブルーな感じ。それらを天秤にかけた時に幸せになる怖さのほうが怖くて、現状を維持する方を選んだり、逃げたりしていた。本質的には全然違うものなのに、不快感という一括りにされていたり。

 

バンジージャンプのような…。怖いのは今も変わらない。けど少しだけ変わったのは、飛び込んじゃえ、失敗してもよいじゃんと思えるようになったこと。

 

失敗するくらいなら今と同じ苦痛が続く方が良いと思っていたけど、失敗するかもしれないけど、楽しい方に変わるかもしれないし、いーじゃんべつに失敗しても…。半年後派遣社員しつつ、転職日記を書いてても、べつにいいじゃないか。

 

でも、できればもう大きく人生を変えたくありません。田舎に移住とか海外に住むとかもすごく憧れたけど、淡々とこのままの暮らしが続くほうが幸せ。よほどの自然な流れがない限りは良いや。

 

就活という大きな荷物が降りたので、あとは仕事を頑張りつつ、それこそボーナスステージの探し物を。「婚活」これもまた、幸せ耐性が試される恐ろしいもの。あー、怖い怖い。

 

女の幸せは、複雑な時代だなと思います。結婚した=幸せ、離婚した=不幸でもない。最近は男性側の話を聞くことも多くて、結婚した側の悩みや、リアルな本音など女性側の話よりリアルで、うーんとなる話が多い。本当にみんなそれぞれです。シングルマザーでイキイキしてる人とか、淡々としあわせにやってる人とか…。

 

なかなかのお話を聞くことも多いのですが、「この人だから」結婚したというカップルは順調な人が多いけど、「○歳だから結婚しなきゃと思って」みたいな理由で結婚した人達はの不満は厄介な感じで、相手には非が無いのに、不満を色々募らせてしまっているようで、お相手への理不尽さが…。結婚が幸せのゴールなんて時代ではまったくないんだなって。

 

なんというか、幸せは本当に人それぞれなんだなって。今から焦って「パーツ」集めのような事を必至にしたとしても自分は幸せを感じる事は出来ないのかもしれない…と。それどころか、巻き込み事故を起こしてしまうんじゃないかって気が。

 

時には頼ることも必要だけど、自分の幸せと、大切な人の幸せを守れるような経済力と、視点みたいなものは持っておきたい。体のリミットはあるので焦るし、失敗したら仕方がないのだけど。

 

博打的かつ、大きく生き方を変えるような「幸せ探し」は一旦終わりにしようと思っていますが、まあ、ボーナスステージでぼちぼちと。 

 

さよなら隠居生活。

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さようなら、長い長い人生の夏休みと、心身ともに放浪した日々。ありがとう、一時はうらんだ、様々な出来事達。

 

人生を引っ掻き回されるような、「まじか!最悪!」という出来事が全く予想できなかったボーナスステージに導いてくれて、沢山の人に出会わせてくれました。

 

途中寄り道をした事もあり、かなり長引いた転職活動でしたが、内定をいただく事ができました。30過ぎても、新卒早期退職してても、バイトしてた期間があっても、非正規ばかりの経歴で、ブランクの期間があっても…、正社員で就職ってできるのか…。

 

希望が叶ったところ、叶わないところもありますが、8割ほど希望を叶えてあげられそう。というより、トータルで考えると十分過ぎます。

 

まず、正社員で働く事を叶える事ができました。お給料もやっと人並みに…、残業も繁忙期以外は少なめ、よくない点もありのまま話していただいた事、面接中もオフィスからたくさんの笑い声が聞こえてきた事、やりたかった事に近い業種で、これまでの経験も若干いかせる…。転職する気はもう無いけど、次も転職しやすそうな業種。

 

叶わなかったのは、お休みは一般的…という事。有給は「いつでもお気軽」には使えなさそう。私はどちらかというとお金より休みが多い方が本当は嬉しいです。同じ仕事内容で年収+100万か、年間休日+10日選んで良いよと言われたら絶対に後者です。

 

まれに、9連休が年に3回とか130日休み、みたいな会社もあるので、え!こんなに休めるの?みたいな事は叶えられ無かったけど、これまでの事を考えるとトータル的に十分というか、十分過ぎて現実感がなくてボーッとしています。

 

お祝いにケーキでも買おうと思ったけど、ケーキ屋さん閉まってて、昨日スーパーで買った79円のmowを食べてまだボーッとしている。

 

クリームチーズ味美味しいね…。これからはハーゲンダッツも買えるかもね。

 

これまでの事や、私のポテンシャルを考えるとこれ以上の条件で雇ってもらえるところなんてない気がする。そもそも、何か一つくらい、希望が叶えば良いやと思っていたので、これ以上望んだら神様が怒ってこれからの人生良い事はこれから先起こらないのでは…なんて。

 

もう1社、休みがめちゃくちゃ多い会社の選考も進んでいて、そこも良い会社だと思うのですが、仕事を通して「会える人」を考えると内定をいただいた会社の方が面白そう。あれもこれも、あの人もこの人もと吟味せずに、すっぱり決めてしまおうかなあ。

 

ゴールではなく、始まりでしかないのですが、不満とコンプレックスだらけだった人生から、少し自分を救ってあげられたかな…。

 

もう少し、ボーッとして、勉強もするかあ。あと、詰め込んだあれこれも減らしていってあげよう。

 

 

隠居生活、終わりかけ。

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「セルフ専業主婦」というか、自分で自分を養い、期間限定で主婦にしているような不思議な時間。

 

「時間はあるけどお金はない」ってのも、気持ちが落ち着かないものですね。息をしていても、お金は減っていく…という。

 

面接の間が空いてしまい、気が向いた時に副業をしたりしなかったり。久々に、がっつり1週間ほどぼんやり過ごせた。焦って周りが見えなくなっていたけど少しリセットすることが出来た。

 

リセット…これが私の標準か〜。だいぶマシになったものだ。以前は悶々としながら1人で過ごすことばかりだった。届くのはメルマガか、会社の人からの愚痴のLINE。休日は家で1人かスーパー銭湯に行く、疲れているけどなんか不安で会社から帰宅してもせっせと内職に励む。飲みに行くのは会社の人達が殆どで、会社や仕事の愚痴ばかり、でも具体的に転職活動などの行動はせず、ただ文句を言い続ける…みたいな。何でこんな生き方をしたんだろ、あの時こうしていれば、あの時あの人がこんな事しなければ…とか、どう変えようもない過去をぐずぐずぐずぐず、後悔ばかりしていた。不安と不満しかない毎日…。

 

今は毎日誰かしらからラインが入り、Facebookで交流し、毎週誰かしらと会う予定がある。次はどんなことする?とか、こんな人いるから会ってみたら?とか、今度こんな挑戦するんだ〜とか、イベントのお誘いなど、勿論、愚痴や不安も口にするけど、基本は前向きな話が多い。仕事を紹介しあったりすることもあったり。

 

最近会った人に私の印象を「とにかく前を向いて生きている、芯が強い」といったことを言われて、悩んでモヤモヤしてはいるけど、そう言えば前しか見てない事に気がついた。

 

将来というか転職活動についてはナーバスになってたけど、たしかに、前しか見てない。

 

隠居したから、以前のような「今日も明日も1人」「口を開けば会社か社会への愚痴」という状態から、かわれたという訳ではなく、自分が気楽に楽しく生きていけるような人に変わろうと、模索する事を始めたから現状が少し付いてくるようになったんだと思う。

 

その大きな一歩が、会社を辞めた事。それにしても、たまたま良い方に転がっていったけど、「無の時間」は時に凶器になる事もあるし、今思えばよくもまあ、あんな無鉄砲な決断を…。でもあの時はああするしかなかった。

 

ものは散々捨てたけど、1番大きな断捨離が、前の会社を辞めた事。その会社や会社勤めを断捨離したというよりは「文句ばかり言って具体的な行動ができない自分」を断捨離したのだと思う。

 

「ああ、どうしよう、あー怖い、やっぱ辞めようかなあ…でもやるかあ…でも」と歯切れは相変わらず悪いですが、どうにか前を向いて進んではおります。

 

学校に行くという選択をしていなかったら、どう転がっていたことか…。何かしら仕事は見つけていたとは思いますが、こんなに楽しい時間は過ごせていなかっただろうし、転職活動ももっと苦戦していた気がする。でも、あの時、「今変わらなければ、一生自分を変えられない」って思って行動したのは大したもんだ。心意気だけはかってあげたい。

 

色々思い返して、大博打で途中色々あったけど、これで良かったと思います。ま新しい会社も入って見ないと分かりませんが、今だったら、入ってやばそうならすぐ引き返して、派遣でもしながらゆっくり探しますかね。

 

今日は梅の保存食の世話をしたり、育っている様子を観察して見たり、洗濯して、ご飯と味噌汁を作ったり、平和に過ごした。

 

もうすぐ、最終面接。それとあともう1社、面接1回の案件がある。恐らく、このままいけばどちらかで働く事になるような気がする。

 

どちらも、無理なく働けそうな会社。夢のど真ん中!では無いけれど、1社は過去の経験もいかせて待遇もよく、総合的に経験が生かせて社風も良さそう。

 

もう一社はお休みがめちゃくちゃ多い。10連休とかもあり、毎年海外とかにも行けそう。

 

仕事は決して興味があるとは言えないけど、過去に経験のある仕事や自分の特性もいかせて、新しい知識もつき、無理なくできそうな仕事。口コミで確認した限りでは社風も良さそうです。

 

大手に入れた!とか、キラキラの職業についちゃう私!にはならなそうですが、良い求人ばかりみてダメ元で応募しまくったお陰で待遇の良い会社へ応募する耐性をつける事ができ、正社員、ボーナス有り、とか、その他プラスして何かホワイト企業的な要素…は叶えてあげられそうかな。

 

盆も正月も出勤しなくて良いんだ。ちゃんとボーナスがある。どちらも多少の余裕を持てるくらいのお給料で、休みも積極的にとってという社風らしい。私、やっと、人並みの暮らしができるんだね…!(受かれば)

 

今週、来週で何かしら答えを出さなくてはいけないから、ここ1週間で働く事について、コーヒー飲んだり、ゲームしたり、梅をつけたビンなどを見ながらぼーっと考えていた。

 

一応過去のことも振り返ってみて、また前の会社に腹を立ててみたり、新卒早期退職した時のトラウマとか、最近知人に色々言われたことを回想したり…。

 

心のブラックボックスを開けてみたけど、履歴書や職務経歴書を書いたり、面接で色々喋っているからか前よりダメージが少ないというか、本当に過去の出来事になったんだなと。

 

会社を辞める前は、会社で働くという事自体に拒絶反応があった気がするけど、たまたま私が働いた数社が人を大事にしなかったり、その時期はイケイケな状態だっただけで、自分とあう仕事や働きやすい会社は存在する…という事を会社を辞め、転職活動をする中で肌で感じました。

 

人を大事にしない会社で働くことは、毒親に育てられたり、DVされたりしてる状態から抜け出せないのと似てるって思いました。特に新卒だと、他を知ることも出来ないし。もっと怖いのは、人を大事にしない会社に染まって、支配する側に周り、普通に幸せな環境で働いている人達のことをダメな人間呼ばわりしたり…。昔は普通だったのにおかしくなってしまって、他人の土壌を踏み荒らして攻撃するようになってしまい、付き合いが続けられなくなってしまった人もいました。

 

自分の幸せを守れない人は、周りも不幸にする。だから、自分の幸せを守ることは、自分の周りの幸せを守る事に繋がるって思っています。

 

困った事にら恐怖の世界をおすそ分けしてくれる人って、とても面倒見が良くて親切でフレンドリーなんです。

 

迷っていて自分に隙があったり、迷いや不安からあれもこれも手放せなくなって手を広げ過ぎてお互いの価値観を刺激をしてしまった事なども経験して、ブレない方向性を決めて、ある程度の棲み分けをしたいと思います。

 

「私は、人を大切にする風土のある会社の中で、適度に休みをとり、お互いに余裕があれば仲間と助け合い、自分のできる範囲で仕事も楽しみたい」軸はこれです。

 

特定の職業や業種に必死に食らいついたり、キャリアウーマンになりたいわけではありません。ライフステージが変われば、働き方を変えて行くかもしれません。大切なのは自分の暮らしと健康です。

 

転職イベントなどで、行きたい方向性とは違うけど良い会社だなーって思う会社があったり、いわゆるホワイト企業で働いていた人の話や、残業は多かったけど、あの会社で働いてたけどすっごく良かったよーみたいな生の話を沢山ききました。そして、夢を持って、就職をしていった仲間や、企業してる人達と話したり。

 

隠居をしてみて、旅をしてみて、予想と違ったのは「大嫌いなあの会社や、ストレスのある仕事や、最悪なあの人達」から解放されても、=幸せともならず。

 

 

パートでも、バイトでも、この先と雇用される事がある程度安定していて、(一カ所にこだわらなくても)健康的にずっと働ける事で、不安が和らぐ事もいっぱいあるなーと思いました。

 

毎月一定の額が入ること、おはようと言える人がいる事、たまにはありがとうと言われる事、仕事をしている間は他のことは考えなくて良い事…など。仕事終わりに仲間と飲むお酒の美味しさや、お給料が入ったらたまには服でも買っちゃえ!とかも、またやりたいなー。

 

隠居をしてみて、今の私はどこかしらの組織で働いているほうが、「私は幸せなんだ」っていうまさかの結論に。そして、チーム戦が染み付いてしまっていて、どうやら個人主義は肌に合わないらしい。

 

「仕事はやめてはいけない」という呪いを自分にかけてたけど、今は、もし、辛かったら辞めればいいじゃん、楽しい仕事が見つかったら、正直に伝えてありがとうございましたって言って辞めてそっちをやれば良いじゃんって気持ちでいます。

 

ブレない軸みたいなのをもっていると、誰も何も言ってこないし、そもそも、ポリシーの違う人は近づいてこない。迷い、ブレた時に結界が切れ、何気ない一言にえぐられる。

 

楽しく働いて生きていこうと思います。旅行して、お買い物もして、病気で働けなくなった時の為に、蓄えもしたい。

 

生き辛さの本当の敵は、自分が、自分をどう生きさせようとしているか…という事な気がする。自分が自分に与えた運命や筋書きがある。「会社は辞めちゃだめ、嫌なことも我慢しないと」とか。

 

筋書きを変えよう。

楽しく気楽に生きれればそれでよし!

 

すごくやりたいことができたり、住みたい場所やアルバイトでも起業でも出会ったらやれば良いじゃん。仕事は合わなかったらやめて派遣で好きなことして、出会いでも探しつつゆっくり探せばいいじゃん!

 

今は、なるべく幸せな会社員生活を自分にプレゼントしてあげよう。ガツガツ働く方に片足突っ込んでしまいそうになってましたが、辞めよう!危なかったー。

 

細く、長く、なるべく楽しく!

 

 

 

 

 

 

梅仕事。

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ザワザワしてたのも落ち着いてきて、自分のペースを取り戻せてきた。1週間ほどぽっかり時間ができて、ゆっくり考え事ができるようになった。

 

不安から色々手放せなくなったり、ブラックな環境でストレスが多くてトゲトゲしていき、「我慢をしているのが正しいのだ、俺も我慢しているんだからお前も我慢しろ、それが出来ない奴はダメなやつ」そんな事を自分や周りの人に「親切心」から布教したり、「自分や未来のため」だと信じ込んで辛い状況から身動きが取れなくなる状態を「恐怖の世界に支配された」状態と呼んでいる。布教者は、「恐怖の世界に支配をされた者ども」といったところ。

 

この状態は本当に厄介で今でも時々陥ってしまう。不安祭り。不安祭りには、同じく不安な人とか、自尊心が低い人を利用してやろう、みたいな人が集まってきて、なかなかの状態になる。

 

恐怖の世界をお裾分けしてくれる人は、「純粋な親切心」と「こっち側こそが正しいのだ!」といった感じで引きずり込もうとする。恐怖の世界に支配された人たちはお節介かつ、親切心に溢れている。

 

5月は特に自分が、恐怖の世界に支配をされてしまっていた。でも、ああ、私って変われたんだなと思うことがあって、バッサリと、恐怖の世界とさよならできるようになった事。

 

へんなプライドと負けず嫌いで、抵抗せず、あ、私には無理、これは病むし、辛いだけと思ったら、断ち切れるようになった。「辞めます、別れよう、予定があるので行けません。」などなど。我慢に我慢を重ねるより、早い方が良い。相手にへんな期待をさせたり、居なくては成り立たない状況になってしまうと大変になる。忍びの者みたいな感じでささっと動いてしまいたい。

 

一旦状況を整理して、色々手放したら、手元に残ったものは少なくなったけど状況が良くなってきた。身も心も落ち着き、数年ぶりに梅仕事ができた。

 

梅仕事が出来るか出来ないかは、自分の一つのバロメーター。梅が店頭に並ぶ時期は、けしてながくない。5月の中頃から、6月の終わり頃までとか。

 

今回はオタフクのラッキョ酢を青梅にそそぐだけでできる蜂蜜梅風の梅干しと、梅醤油を仕込みました。

 

出来れば、蜂蜜梅風をもう一瓶と、梅ジュースも仕込みたい。梅雨のジメジメした感じを酸っぱい梅ジュースで元気出したい。

 

お金がなかったり、疲れ果ててたり、心の余裕が無かったりすると、梅の季節はいつのまにか終わって、夏になって、夏バテして、秋になって…。

 

だから、梅仕事が満足に出来た年は、順調といった感じ。今年は、ギリギリ綱渡りだけど。保存食は季節のものを仕込んで、出来上がるのを待って、食べ終わるとまた次の季節を待って、また作って…の繰り返し。

 

保存食を作り始めたのは20代の始めで、作ったり、作らなかったり。かつては、去年も作ったしなあ、新しいものが作りたいなんて思ったこともあるけど、今は、毎年、同じ事の繰り返しでいいかなあって気になってきた。

 

毎年毎年、同じ事を繰り返せてるって幸せな事なんじゃないかって気がしてきました。

 

ご飯を作って、スーパー銭湯にいき、仕事して、保存食作って、同じ仲間とあって、副業もこのまま続けて…。

 

パートナーだけはできてほしいけど、あとは、特別な変化や刺激を求めず、毎年毎年同じ事の繰り返しができると良いなあって思います。

 

変化が必要になったら、変わるけど、特に大きな刺激はいらないかな〜。

 

「なるべく楽しく、食べていければ良い」だって、最後は死んでしまうのだし。

 

 

 

 

 

 

【30代の転職日記】好きなように、働いて生きていけば良い。

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 もー!おかねない!

 

けど、7月に旅行に行く予定を入れてしまいました。週末は大体誰かしらと予定がある。就活用にカードでカバンを買った。

 

コーヒーを入れる陶器が割れた、Tシャツが伸びて色あせてきた、保険に入りたい、友達のお祝いに気兼ねなくお金を使いたい、焼肉食べたい、引っ越したい、服を買いたい…!

 

隠居をして、たくさんの自由を手に入れて、私の世界は一変しました。が、お金や、仕事をする事で仕事がもたらしてくれるものもあるなあと。

 

働いた後のビールのうまさ、給料日に口座にお金が毎月入ってくる事、安心とか、ものを買ったり、外食したり、「働いている人」との出会いであったり…笑。

 

私はこのまま1人で生きることになるのか?とか思って老後いくらいるのか調べてみた。そしたら、3000万円って数字が出てきた。

 

うっ…となりましたが、もう一つ別の数字を見つけた。「ただし、老後も働くなら300万円くらいあれば大丈夫」というもの。

 

なるほどね。なんとなく蓄えはしつつ、そうしよう。60歳とか65歳とか元気な人多い気が。食堂とか、茶摘みとか、工場とか、お掃除とか…?その時に自分が気楽に働ける事をしようっと。

 

私にとって、これまでは働くことはただただ嫌なことを我慢するだけのものって認識だったけど、副業したり、色んな人にあったり、転職活動を通して、仕事は自分の人生を豊かにする為にするもの…みたいな思いが芽生えてきた。

 

今は、せっかくだから正社員で働きやすい仕事をしたい気分だから、その方向で進めているけど、(ボーナスが欲しい!)ウサギとカメみたいな、働き続けられるんなら、バイトでも、派遣でも、好きにすれば良いや。

 

それにしても、本当にそろそろ働かないとまずいから、今選考が進んでいる2社のどちらかには入れるように頑張ろう!