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気楽に暮らしたい。

3月中旬から人生のボーナスステージと称して1年間のんびり過ごすことにしました。生き辛いの断捨離後、幸せを探していきます。

もらったり、あげたり。

へんなメニュー。最近は暑くて、ご飯や麺などのもろ炭水化物なものが喉を通らない。

手作りのまずいパンを作ったり、色々しています。

最近は、旅、アクセサリー作り、転職どうしよう…の3つが主な活動。

合間に、お役所にいったり、病院に行ったり。友達とあったり。

在職中はヒットポイントがすり減っていたのでしょう、わたしはよくこんな言葉を使っていました。

「労働力を搾取されたくない!」

本当にギリギリで、精一杯だった。

自分もおなかがペコペコで小さなパン一つしか持ってないのに、それちょうだい!とか、美味しそうと人が集まってきて、私だってこれしかないのよーー!って殺気立ってるような状態だったんだろうな〜なんて思う。

でも、私だってギリギリって言えなかった。

あの人も困ってるんだから、分けてあげなきゃとか、他の人を優先しようとかやってるうちに、自分が餓死寸前になって、世界をゆがんだ目で見るようになったり、もらって当然!とまわりに図々しい人が集まってきたり。

ムキーッと悪循環になってるうちに素敵な人が遠のいてしまった。

でも、今思うと、私もギリギリなのと言えばよかった。

ギリギリなのという相手は、頂戴!と寄ってきた人でも良かったし、自分よりもっと沢山持ってる人でも良かった。

SOSを出す場所は、今思うといくらでもあったのです。手を貸してくれる人立っていたのに、視野が狭くなって、助けを求められなかった。

SOSを出せなかったのは…

・助けを求める事を自分に許せなかった
・相談窓口が分からなかった
・へんなプライドで自分が弱ってることを認められなかった
・周りもギリギリの人ばかりだった

などでしょうか。

最近は、旅行者として、ゲストハウスやホテルへ。利用者として、お役所へ。無職の病人キャラでキラキラした友人とあう。病院で患者さんとして。

こんな感じで、サービスを提供してもらったり、お役所で色々相談にのってもらったり、友達に優しくしてもらったり。

無職をおちょくりつつも、ボロボロな持ち物を見て、新しい物を先輩が作ってくれたり、食事をご馳走してもらったり。

以前は自分が惨めだと思われたくない!という謎の感情が出てきたけど、今は自分と折り合いがついているから。素直に甘えられるようになりました。

自分がボロボロの時は、救いの手をありがたく頂戴する。

そう思って過ごすと、社会から、沢山の愛をもらっているなあと感謝することが多くなりました。

特に、お役所のお母さん世代の女性職員さんや、若手の男性の職員さんは親身になってくれる人が多くて、時々、号泣しそうになったり。

公務員の窓口業務って、かなりすり減る仕事だと思う。いろんなことをわかった上で、人の役に立ちたいと思っている職員さんにたくさん出会って、沢山の感謝の気持ちが湧いてきました。

特に若い男性の職員さんが、真剣な目で、力になってくれようとした事が素直に嬉しかった。

今はまだヨレヨレだけど、私が沢山持っているものがあれば、何か、還元しよう、などと考えたりしています。

友人間でも、自然とそんな事が増えてきました。というか、友人と呼べる人優しい人がまわりにいること自体、在職中から考えると奇跡みたいな事。

足りない時は、もらったり、多く持った時は、足りない人にあげたり。

人に優しくされる度、そんな事を思うのでした。




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