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できない自分だから、愛されることもある。

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昨年、会社を辞めて、学校に入って落ちこぼれまくって、無職のできない、からっぽな自分になりました。

 

30代女性無職、転職とか、30代女性独身とか、そんな言葉でググると、まあ出てくるのはネガティブな話題が多いです。

 

学校では部分的に得意分野はあるものの、まあ、いつもいつも最下位か、下から数えた方が早い感じ。

 

でも、仕事もオシャレも頑張ってた20代のあの時より、だめな30代の自分の方が、なぜか愛されている。20代ではたくさんの我慢をしました。彼と会いたいけど忙しいから我慢しようとか、満遍なく仕事もできるように、嫌な仕事はそっせんして自分がやる、そんな役割はなるべく自分が、不平不満を言わないように‥。

 

今は、文句をたくさんいって、やりたくない事はとことんやらない、気が変わったら頑張り始めて、人をいじったり、いっぱい笑って、でもめちゃくちゃ落ちこぼれていろんな人に助けてもらって‥。

 

周りの人がいなければ、今の私は成り立たない。子供みたいな感じですかね。

 

とっても面白い。

だめだできない方が愛されているなんて。

 

なんでこんな事が起きるのだろうと不思議だったけど、自分が教育担当をしていたとき、一人でなんでも完璧に育つ子より、適度にだめだけど慕ったくれる人のほうが、可愛く感じたりもしました。

 

私を必要としてくれることは、嬉しい。

そんな気持ちになったのを思い出しました。

 

一人で頑張りすぎてパンクしてた頃、なんでも一人で完璧にこなしてしまうことで、周りから成長するチャンスを奪っていたのかもとおもったり。

 

適度にだめなお母さん、無邪気な子供、適度にだめで可愛い後輩、愛され要素がある人って、なんかこんなイメージ。

 

その心は、きっとアドラー心理学でいうところの他者貢献感なのでしょう。

 

だめで可愛いあの人は、私に、周りに、自分が相手の役に立っているという幸福感をプレゼントしているのかもしれません。

 

度があるとは思いますが、本当にそれで良いわけ?と自分に疑問がわいては来ますが。

 

だめな、できない自分が、愛されることもあるんですねえ。面白い!!!