気楽に暮らしたい。

2017年3月中旬から人生のボーナスステージと称して1年間のんびり過ごすことにしました。生き辛いの断捨離後、幸せを探していきます。

「すごくいやだった」という気持ち。

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毎日楽しく笑って生きています。

 

笑って、勉強して、おしゃべりして、笑って、笑って。

 

あっという間に時間が過ぎて行きます。

 

毎日、楽しい以外の感情はあまり無かったのですが、今日はモヤモヤしたことがありました。

 

けど、何にも感じないサバサバした女キャラを発動させてやり過ごそうとしたけど、やっぱりモヤモヤしてダメだった。

 

なので、心の中身をこじ開ける事にした。

 

このみないふりしたモヤモヤは、いつか爆発するから、早めに整理整頓、爆弾処理をするほうが良い。

 

でも、時に「嫌な自分」と向き合わないといけなくなるから、みたくないものでもあります。

 

こじあけてみると‥

 

・大丈夫だよと言ったけど、今日あの人に言われた事が本当はすごく嫌だった

・本当はすごく傷ついたし不愉快だった

・こんな事なら優しくしなければよかったし、もう親切になんてしたくない

・無理に楽しい思い出にしようとしたけど、本当は退屈でつまらなかった

・あの人に私的な時間を使ってまで、あの事を教えてあげるのは嫌だ

 

と、まあ、なんとも、なんともドロドロとした「めんどくさい」感情が沢山出てきた。これは、みないふりをして隠してしまうのはしょうがないかもしれない。

 

こんな気持ちをずっと心の奥底の小箱みたいなものに隠してきた。

 

本当は、管理職なんてやりたくない、クレーム対応なんてやりたくない、クライアントにひどいことを言われるのは辛かった、どうして私がやらなきゃいけないの、でも私がやらないと、私は嫌な思いをしながらやっているのに、あの人はどうしてやらないの、なのに、どうしてあの人の方がお給料が高いの‥。

 

そっか、でもしょうがないよねなんて言いつつも、こういう気持ちが爆発して、会社や、社会への大きな怒りにつながって、他人の課題を利用して気持ちを爆発させていたのかななんて思う。

 

「嫌なことやめて好きなことをする」のが良いと思うのだけど、その為には「今日のすごくいやだった」「かっこ悪いめんどくさい自分」を認めてあげる事が必要なのかとおもった。

 

なんだかいやな事があったことだけ、友達に聞いてもらおうかな。

 

いやなことはさておいて、「本当は大好きなあの人のこと」こっちの処理の方をこじらせているみたいだから、こっちに目を向けてみようか。