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気楽に暮らしたい。

3月中旬から人生のボーナスステージと称して1年間のんびり過ごすことにしました。生き辛いの断捨離後、幸せを探していきます。

ドライフラワーをミニマムに。

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壁にかけてあったドライフラワーをミニマムにまとめました。残りのドライフラワーはアクセサリー作りの素材として、使いやすく袋分けにして収納。

アクセサリーの素材にしていることもあり、一時、ドライフラワーをこぞって集めていた時期がありました。

いつでも制作できるアトリエ風に憧れていたこともあり、↓こんな感じで賑やかに飾っていました。

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冬の暗さを紛らわせる意味でも、お部屋に彩りを加えてくれた花たち。

ユーカリヨモギ、かすみ草などなど。

あとは、ぼろ市でフランスアンティークとともに売られていた素敵な花束がもう一つ。

ドライフラワーはかわいいし、制作の時にも使いやすくてよかったのですが、ポロポロ床に落ちて掃除が大変だし、部屋を装飾しているとイマイチ旅立ちモードに切り替わらない。ふんどしを締めなおす意味でもコンパクトにまとめました。

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すっきりさっぱり。

片付けて、飾りたいお花を厳選して残した。整理をしてみて、やっぱりお花っていいな〜可愛いな〜と噛みしめる。

最後は土に還っていくし、部屋が寂しいと思った時にはやっぱりお花が一番。

お花を飾ることは、どの時代でも変わらない、素敵なインテリア。

お花を買った時、お花を片付けるとき、感謝の気持ちが湧いてくる。地球からのギフトをわけてもらってるような、そんな気持ちになる。

会社へは定期的に、キーッっなってしまうけど、花を見てるとありがとうの気持ちが湧いてくる。

お花は私のアクセサリーの素材でもあるから、お花を見てるとアクセサリーを買ってくれた人への感謝の気持ちも湧いてくる。

可愛いと思ってくれてありがとう。そして、いただいたお金のお陰で、私に、休息の時間を与えてくれて、心からありがとう。

これまで、単身世帯で仕事をしていると、社会からもぎ取られていく感覚を覚えることが多かった。

税金だったり、労働力だったり、クレーマー的な人達から、もっと私達に楽させなさいよ!とぶら下がってくる人達の相手に疲弊したり。

けれど、アクセサリーを作って、沢山の方に買っていただき、とても楽しく作業しているのに、社会からお金をもらえるようになった。すると、アクセサリーを買ってくれた人だけでなく、社会に対して、ありがとうの気持ちが湧いてくるようになった。

医療や清掃の仕事をしてくれている人や、会社の働き者の設備のおじいちゃんだったり、サイレンをならして走る、消防車や救急車だったり。

旅した北欧では、人々が幸福そうで驚いた。フリマショップで服を買ったり、食事も質素だけど、でも幸せそうだった。

日本にはない、幸福感を感じた。
その場の空気が違うのです。

たかのてるこさんの本を読んでいて、深夜にのったデンマーク人のタクシードライバーのおじちゃんが、僕は幸せだよ〜!と。

ウェイターのおじちゃんも、僕たちはみんなの為に働いているのだよ〜と。

深夜にタクシーの運転の仕事をして、さらっと
こんなことが言えるのはすごいと思う。みんなの為に働いているって感覚も。

休みが多く、税金が貯金であり、将来に不安がない国。北欧の人達は社会から色々もらっているから人にも優しいのかな、なんて思った。

社会に居場所をもらい、人生を豊かに過ごすための手段が仕事なのかな。そんな気もしてくる。

日本における仕事って、そうしないといけないから、嫌だけどしかたなくしてるってのが根底にある気がする。

幸せのスタンプラリーと同じく。そう歩まないといけないから、イヤイヤ歩む。

とりあえずデスクワーク、とりあえず正社員、休んじゃダメ、稼がないとダメ、感情を出しちゃダメ…でも、本当はこんな事したくない!

でも、仕事を辞めたら生きていけない。
人生が終わってしまう。

ギスギスした職場やキツイ人の中身ってこんな感じなんじゃないだろうか。私だってギリギリ。私も不幸なんだからあなたも不幸でいなさいよ!みたいな。

自分を許せない人は、人のことも許せない。
自分を許すことは、他の人を許すことでもあるように思う。

実際には、仕事辞めても人生は終わらない。
むしろ、始まる。

北欧を旅していると、食べ物は質素だし、服もリサイクルショップで買っていたり、この国の人たちの幸せはけっこうミニマムなんじゃないかと思う。

たかのてるこさんも、デンマーク人の幸福のハードルが低い事に驚いていたっけ。

北欧の人達は自分の幸福をしっているきがする。 そして、その幸福はささやかなことのように思う。

公園で日光浴したり、フィーカ(お茶)したり。森でキノコやベリーをつんだり。

でも、スーパーの安いインスタントコーヒーでもとても美味しかったり、リサイクルショップで数ユーロの服をルンルンで選んでいたり。

おしゃれでいなければ、家を買わねば、年収を上げなくては、30歳までに結婚して子供を設けるべき、一度ついた仕事はやめてはならぬ。離婚はできればしないほうが良い。

今はそんな時代ではないも理解しつつも、こうあるべきという考えは呪いのように根深い。

たられば娘ならぬ、我々はベキねば民族か?😱😱😱

北欧のリサイクルショップは日本と違い、個人でブースを借りて出す形がほとんど。北欧の人達は物も、労働力も、お金も社会全体で共有して、幸せももらいながらみんなで、まわしてる感じがあった。

日本は働く世代だったり、特定の人からむしっていくような感じを覚えることがある。公務員、所得の高い人、店員さん、病院の先生…。税金やら、良質な医療やサービスを提供されて当然!みたいな感じでむしり取る人認定されると、そこからむしっていくのは当然!むしられていく側は、こっちはボロボロなんだぞ!みたいな。

リタイアしたら、今までむしられてた分、むしってやるぞ!みたいなシニア世代の暴走もけっこう見かけます。

やだよね〜そういうの😱😱😱
きっと、みんな余裕が無いんだと思う。
私も余裕が無くなっていたんだな、きっと。

だから、働く世代も自分に優しくしたり、時には社会から何かギフトのようなものをもらって息切れしないように働きたい。

有給だったり、子供をたまには誰かに預けてみたり、もらえる給付金を探してみたり、図書館から本を借りてみたり。

道端でお花をつんだり、時には森で木の実や山菜をつんで大地からの恵みも分けてもらうのも良いかもしれない。

社会から何かわけてもらう事で、優しく生きられるのだと思った。