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気楽に暮らしたい。

3月中旬から人生のボーナスステージと称して1年間のんびり過ごすことにしました。生き辛いの断捨離後、幸せを探していきます。

部屋がきたなーい!

朝起きて、現実逃避で二度寝した。

部屋が汚いからだ!
やっぱり、物がごちゃごちゃ出てるとなんか、疲れる…。

夜寝る前にお茶を飲みながらアクセサリーを作って、つかれてそのまんま就寝。

このレベルであればすぐに片付くのですが、最近なんだか疲れて部屋に一山できてたり、テーブル周辺が散らかってたり。

つかれて、もうこのままでいっかってなったり。

ダメダメ、かたづけよー!
そして、作ったアクセサリーは納品してこよう。

転職活動用に一応目を通しておこうと買った四季報はとても為になった。一般企業への転職活動もしてよかった。自分にはなんか違うと分かったから。

今では押し花したり、アクセサリー作りをする時の道具として使ってます(ごめんなさい)

今後のことを考えて、アクセサリーを仕込むだけ仕込んでおいたほうが良いムードなので製作を頑張ってみました。

というのも、職場がナチュラルに解散ムードで、自分から動かなくても、職場から離れるほうへ事態が動いていく。へんに周りに気を使わないで、それぞれ自分の人生を大事にしようねなんて職場の方と話していました。

昔の自分だったら変な正義感で私がどうにかしなくては!とあれこれしょいこんでいただろうけど、いまは流れに身を任せてみようかなあって思えるようになった。

仕事大好きだからそうしていたというよりは、嫌なことは全部自分が引き受けないといけない気がしてたし、そんな役割をさせられる事が多かったから。

けれども、不幸な仕事はもうおしまい。約7年間、前職と合わせると9年位?不幸の足踏みおつかれっ。もう、良いでしょう。

適切でないものは、剥がれていく。
変化を楽しもう。

時間ができたら幸せの匂いがする場所を訪ねたり、最高にワクワクすることだけする実験の時間にあててみよう。

そうすると、1年後はどんな場所にいてどんな人たちといるでしょうか?

酷い仕打ちをしてくる嫌な人の相手を自分を殺してでもしないといけない、どんなひどい待遇でも仕事は仕事だから全うしなければいけない。

そんな生き方の末に待っていたのは病気と諦めの世界。ただ足踏みにしてるだけ。砂時計の砂はどんどん落ちていくのにね。

さてさて、この世で一番やってみたい仕事に転職がきまるのか、フリーダムな実験が始まってしまうのか?

どちらに転んでも楽しいから、神様にサイコロ振ってもらおう(実質的には役員と人事だけど)

副業の種まきはしておいて本当によかったなあとつくづく思う。コミュニティもできるし、何よりへんな職場にしがみつかなくて良い。

あれやろう、これやろう、本業捨てたらこれもできる!っていっぱい書き出せる。

もうこの歳になると一歳ぐらいは誤差だし、1年位の空白期間なんてどうこう言われる筋合いないし、そこを面白がってくれる会社じゃないと働きたくないって思う。

それを面白がってくれる人と話してたい。

まずは、自然の中でゆっくり、コーヒ片手にのんびりするような生活がしたい。

登り棒にしがみついてとまっている間にも、人生の残り時間は減っていく。体がうごいて、なおかつ自由に生きられるのはあと何年だろう。

しがみついている場所はほんとうに必要な場所なのでしょうか。他人目線ではなく、自分目線ではどうでしょう。

3年前なら、しがみ付く必要があったとしても、いまはどうでしょうか。

変化の途中では必ず変化を阻止しようとしてくる人が現れるけど、その人は自分の現状維持の為に言っているのか、正しいことを言っているのかどちらでしょうか。

どうするかは今の自分が決めて良い。
私の人生だもの。