作業をしていると、手はめちゃめちゃ動いていても、単調作業だから頭ではあれやこれやと色んな事を考える。
最近のテーマは自分にとっての幸せな人生って何だろう?という事。結局はどう生きても自分が満足しているかどうかが重要だから、何が幸せかのゴールは自分で決めるしかない。
これまでの私は、いわゆる記号を追いかけて、中身がともなわず、願いが叶っているはずなのに、全然幸せじゃない。何で?を繰り返してきました。
好きなことばかりしていてはダメという謎の呪縛があり、表面上の願いや目標が叶っても、押さえ込んだ本当の思いは別の方を向いていた場合が殆ど。
コンプレックスだらけで自信がないから、本当の思いは抑え込む。我慢をする事が美徳であると思っていたからです。
しかし、病気をしたり、人と会うことで、そんな事をしている場合では無い!と目が覚めました。誰も幸せにならない、自己満足の我慢は辞めよう。人生がこんがらがる。
そして周りの人も混乱させてしまう。
OLファッションに身を包み、北欧が好きとか、江戸時代の食生活や江戸の町民について語って人物像を混乱させてしまったり。
そんな生き方やーめた!
幸せの我慢はやーめた。
覚醒したは良いものの、今まで自分を押さえ込んでいたから、どう幸せに生きて良いのかが分からない。
カチカチに凝り固まった私の頭の中の歩むべき人生は典型的な日本人的なもの。
30歳までに結婚、結婚したら出産、マイホームを買って、老後になったら好きな事をする。
拒否をしつつも、このストーリーが本来歩くべき道だと靴の底に張り付いたガムみたいに、鬱陶しいと思いながら張り付いてくる。
生きづらいの呪縛は、自分に押し付けた役立ったり、呪縛だったり。
煩わしいものや、人を苦しめる古い価値観、全部全部捨てて、今ここから幸せな人生を作るとしたらどう生きようか?
自然、何かしらアウトプットしている。
それ以外の部分がぼやけてよくわからない。
北欧に住む、田舎に住む、
結婚は?子供は?仕事は?
えー、何だろう。分からない。
不安と自己満足の我慢から仕事だったり、あわないパートナーだったり手放せないのかもしれない。
ものと同じく、不安だから手放せない理論。
知らないなら、色々触れてみよう。
今必要なのは旅といろんな人に会うことかな〜。負をもたらす物事ではなく、いいなと思う場所にいったり、憧れの人にあいまくること。
30歳という年齢は一つの節目で、若い時は30歳になるのが恐怖だったけど、実際に30歳を超えてみると、どんどん自由になっていく。
私は自由に幸せになって良い。
どこに住もうが、どんな仕事をしようが、一生一人でも、誰がパートナーと過ごしても、良い。
さあどうしようか?